トコジラミの被害は、皮膚に刻まれる刺され跡や、耐え難い痒みといった身体的な苦痛だけにとどまりません。むしろ、それ以上に深刻なのが、目に見えない心、すなわち精神に与えるダメージです。一度トコジラミの被害に遭った人は、長期にわたって精神的な後遺症に悩まされることが少なくありません。まず、多くの被害者が経験するのが、「不眠」と「不安」です。トコジラミが活動するのは、自分が最も無防備になる就寝中です。その事実を知ってしまった瞬間から、ベッドは安らぎの場所ではなく、いつ吸血されるかわからない恐怖の空間へと変わります。電気を消して暗闇に包まれると、肌の上を何かが這っているような感覚(蟻走感)に襲われ、わずかな物音にも敏感になります。眠りにつけたとしても、痒みで夜中に何度も目が覚め、質の良い睡眠を取ることができなくなります。これが続くと、慢性的な睡眠不足となり、日中の集中力の低下や、気分の落ち込みにつながります。また、「汚染されている」という感覚や、自己嫌悪に陥る人もいます。トコジラミの発生は、決して不潔だからという理由だけではありませんが、被害者は「自分の家が汚いからだ」「管理が悪かったからだ」と、自分自身を責めてしまいがちです。友人や家族を家に呼ぶことを躊躇したり、自分が他人の家にトコジラミを運んでしまうのではないかと恐れて、人付き合いを避けるようになったりするなど、社会的な孤立感を深めてしまうケースもあります。家具や衣類を大量に処分しなければならない経済的な負担も、精神的なストレスに追い打ちをかけます。このように、トコジラミの被害は、人の心から平穏を奪い、日々の暮らしを根底から揺るがす、非常に根深い問題なのです。もし被害に遭ってしまったら、一人で抱え込まず、信頼できる人に相談し、専門家の力を借りて、一日も早く物理的な問題と精神的な苦痛の両方から解放されることが何よりも大切です。