一人暮らしを始めたばかりの古い木造アパートで、私は人生最大の天敵と出会いました。それが「ゲジゲジみたいな虫」です。深夜、読書をしていた私の視界を、壁に沿って何かが猛スピードで横切りました。その長い脚が波打つ姿は、それまでの私の人生で遭遇したどの生き物よりも不気味で、私は叫び声を上げることもできず、ただ震えながらその影が消えるのを見送るしかありませんでした。その日から、私の平和な夜は一変しました。電気を消せばあいつが現れる、そんな恐怖から寝不足になり、ついにはアパートを引き払うことさえ考え始めました。しかし、ある日ネットでゲジの生態について調べていた私は、一つの奇妙な事実に突き当たりました。彼らは「軍曹」と呼ばれ、ゴキブリを一掃してくれる究極の益虫だというのです。半信半疑でしたが、その日から私はあえて彼を殺さない、という「静かな共生」を試みることにしました。深夜に遭遇してもスプレーを向けず、ただ「パトロール、お疲れ様」と心の中で声をかけるようにしたのです。すると、驚くべき変化が訪れました。それまで頻繁に悩まされていた小さなゴキブリの姿を、一ヶ月も経たないうちに全く見かけなくなったのです。あのアパートには目に見えない隙間が無数にあり、自室の掃除だけではゴキブリを防げませんでしたが、ゲジという最強のハンターが私の代わりに二十四時間体制で家の中をパトロールし、侵入者を次々と闇に葬ってくれていたのです。彼は決して私に近づくことはなく、常に適切な距離を保っていました。壁の隅でじっとしている彼の姿を見かけるたびに、私は自分の「外見だけで判断する無知」を恥じるようになりました。彼は言葉を発することはありませんが、その不気味なほどの多脚を駆使して、私の生活圏の衛生を守り抜いてくれていたのです。やがて季節が変わり、冬が近づく頃、彼の姿は見えなくなりました。餌がいなくなったからなのか、冬眠に入ったのかは分かりません。しかし、彼がいなくなった後の部屋は、以前よりもずっと広く、そして静かに感じられました。恐怖の対象だったゲジが、いつの間にか私にとって「頼もしい同居人」へと変わっていたのです。この体験は、私に「多様性を受け入れる」ことの本当の意味を教えてくれました。不快だと思う感情は、知識が不足しているときに生まれる防衛本能に過ぎません。正体を知り、役割を理解することで、世界はこれほどまでに優しく、そして合理的に見えてくるものなのです。今、私は新しいマンションに住んでいますが、たまにベランダで彼の仲間を見かけると、あのアパートの守護神を思い出し、懐かしい気持ちに包まれます。不気味な姿の裏に隠された誠実な働き。それこそが、私が「ゲジゲジみたいな虫」との出会いから学んだ、生命への深い敬意の形です。
深夜の守護神ゲジゲジと私の奇妙な共同生活の記録